北キプロス旅行記
ヴィーナスはロシア人 : キプロス(by worldspanさん)
04年にハンガリーやチェコといった中欧諸国と共にEUに加盟した南キプロス。キプロスといえばギリシャ系の南キプロスとトルコ系の北キプロスに未だ分断されままだ。その南北分断の原因もギリシャ系民族のギリシャ本国への帰属意識の高揚とギリシャ派のクーデターにより、トルコ系民族の危機感を煽ったことによりトルコ軍が介入した為で、EUもギリシャ系民族への非を認めている。こうした背景で国境問題がいまだ未確定にも拘らず、EU加盟を果たしたのには同じEUに加盟しているギリシャという同胞の強い後押しが合ったからに他ならない。
南キプロスの首都は北キプロスと同様に本島の中心に位置するレフコシア(ニコシア)。しかし南キプロスの首都でもある南レフコシアには空港がないため、空路南キプロスに入国する場合、世界遺産の町パフォスか、良港に恵まれた港町ラルナカの国際空港から入国することとなる。後者の方が町の規模も空港の規模も大きい為、ラルナカから入国するのが一般的だ。
ラルナカ国際空港は市内中心から6kmという、非常に便利な位置あるにも拘らず、交通機関は非常に脆弱だ。市内と空港を結ぶバスは夕方の5時には終わってしまう。土曜だとバスは午前中しか動いておらず、日曜ともなると全便運休する。夜に到着してしまうと空港から市内まで僅か6kmの距離をタクシーを利用せねばならないのだが、通常タクシーで空港から市内を目指せば5〜6キプロスポンド、日本円換算で約1390円から1660円もかかる。そのタクシーも20時以降が深夜割増料金となってしまうい、タクシー代で言えば日本とさほど変わらないか、むしろ高い位に感じる。
こうした交通機関でのアクセスの悪さはラルナカ市内と空港間に限ったことではない。国際空港を抱えるラルナカと首都のレフコシアを結ぶ大動脈の交通機関でさえもそれに然り、両都市からパフォスを結ぶ路線も然り。幹線で日曜日にバスが走っていないことなんて他のEUや日本では考えられないことだ。
不便なバスをカバーするものとして、地元ではサービスタクシーという乗り合いタクシーなるものがある。事前にサービスタクシーに連絡さえしておけばピックアップしてもらえるが、それでもバスの運賃の二倍はかかる。地元の人は使いやすいかもしれないが、一般旅行者はきっちりと予定を立てて手配をしないとせねばならないので、使い勝手は決して良くはない。とはいえ、何もないよりはまだましだが。キプロスはなんとものんびりした国というか・・・。
キプロスのこうしたおおらかな側面は交通機関だけではない。道や乗り物のことを道行く人に尋ねれば親切丁寧に教えてくれ、人の歩くスピードも大阪とは比較にならないくらい遅い。まるでスローモーションでも見ているかのようだ。そんな時間のゆっくり流れていることが私にはとても羨ましく感じる。観光で訪れるには不便極まりない国だが、住むには良い国かもしれない。
キプロスといえばヴィーナス誕生の地としても知名度が高い。ローマ神話に登場するヴィーナスはギリシャ神話の女神アフロディーテが元になったといわれている。15世紀にボッティチェルリにより描かれた「ヴィーナスの誕生」の絵画は、エーゲ海の泡から生まれ、貝殻に立つブロンドの、美しい裸身のアフロディーテを見事に描いている。
しかし残念ながらキプロスはギリシャ系とトルコ系の民族が主要民族のため黒髪。キプロスで見かける美しいブロンドをなびかせる女性たちの多くはロシアやウクライナからキプロスに訪れた女性達。キプロスは地中海に面し気候も温暖なため、ロシアやウクライナからの観光客にも人気が高く、更に低税率のキプロスに投資するロシアの企業も多いといわれ、ロシア人やウクライナ人を見かけることが少なくない。
街を歩くブロンズの女性達の話す言葉を聴くと大抵がロシア語だ。ボッティチェルリが現在のヴィーナスを描くのであればアエロフロート航空の上に立ち、ロシア国旗を持ったブロンズの裸身の女性をきっと描くだろう。
北キプロス・トルコ共和国と2国の分断首都レフコシア(by worldspanさん)
1983年11月、北キプロスは、トルコの支援の下「北キプロス・トルコ共和国」として独立し、キプロスはギリシャ系住民が主体となった南側とトルコ系住民が主体となった北側の2国に分断された。そしてキプロスの首都レフコシア(ニコシア)もまた南北に分断され、両国の首都として機能するという極めて異例な都市となった。
南北分断となったきっかけは、1960年にキプロスが独立後ギリシャ系住民にギリシャ本国への帰属意識が高揚し、1974年にギリシャ軍の支援を受けたギリシャ統一派によるクーデター。このギリシャ軍の動きにトルコ軍も連鎖行動をとり、トルコ系住民の保護を理由に北部を占領、以来首都レフコシアも南北に分断されてしまった。
南北の停戦ラインはグリーンラインと呼ばれ、国連平和維持軍が監視しているが、現在はかつてのように緊張感はない。南北にはいくつか出入国管理の検問所が設けられ、両国のパスポートコントロールが行われるものの比較的自由に往来が行われる。北キプロスは世界で唯一トルコだけが承認する国なので、以前は北キプロス側からの入国すると不法入国とみなされ、南側はもちろんギリシャにも入国できなくなっていた。しかしギリシャ系のキプロスが04年にEUに加盟し、EUは同時に世界的に孤立をした北キプロスの支援を開始したため、EUのパスポート保持者であれば北キプロス側からの入国もみとめられるようになった。しかしながら日本人はまだ認められていないため、先々ギリシャや南キプロスへ赴くのであれば、北キプロスへは南側から入国する必要がある。
レフコシアでの南北の往来に関しては旧市街を囲む城壁の直ぐ横に位置したレドラパレス正面に検問所が置かれている。南側ではパスポートをサッと見るだけの簡素なチェックではあるが、北側のコントロールは別紙に出入国スタンプを押される。北キプロス・トルコ共和国は国連では承認されていないが、現実には存在しているのだ。
両国に分断されたにも拘らず、の南北の素顔は、明らかに異なっている。南の首都レフコシアはEUの加盟やギリシャの莫大な支援を受け、その復興は目覚しい。一方の北側の首都レフコシアは北キプロス自体トルコの支援のみが頼みの綱だったこともあり、街の建物はいたるところが傷み、活気もない。事実、南北の経済格差はGDPは2倍とも3倍とも言われ、壁を一つ挟んだだけで斯くも生活が違うことを両側の人たちはどうとらえているのだろうか?
北レフコシアの旧市街には南レフコシアを一望できる丘に公園が設けられている。この公園から杖をついた一人の老人がじっと南レフコシアを眺めていた。彼は何を思って眺めていたのだろうか・・・。
北キプロスの北ニコシア(by AGT -同じ青空の下で-さん)
キプロス島は国際社会の多くが独立国家として承認するキプロス共和国(南キプロス)とトルコが支援する北キプロスに分断されています。南キプロスを訪問した際に、北キプロスも訪問することができますが、北側は事実上の独立国として独自の入国審査があります。
島の中央に位置し、円い城壁に囲まれたニコシアの町も南北に分かれていますが、町に検問所がありますので、徒歩で行き来できます。
完全版は「A GLOBETROTTER -同じ青空の下で-」にて
http://www5a.biglobe.ne.jp/~gustav/globalwalker/
欧州・バックパッカーの旅【55】 トルコ系、ギリシャ系住民間の緊張が続くキプロスのニコシア(by さすらいおじさんさん)
11月2日、テルアビブ07:05発のキプロス航空機で08:00キプロスのラルナカ空港着。急いで入国手続きをして8:40発のニコシア行きバス(3.5キプロスポンド・1050円)でニコシアに向かい10:30ニコシアのバスセンター着。キプロスは紀元前から軍事、交通の要衝として時代の支配者に翻弄されてきた。ヒッタイト、アッシリア、エジプト、ギリシア、ローマ帝国、東ローマ帝国、イングランド、ヴェネツィア共和国、オスマン帝国、イギリスと、目まぐるしい侵略の歴史を経て1960年にイギリスから独立。だが、キリスト教のギリシャ系住民とイスラム教のトルコ系住民の共存は難しく、1974年にギリシャ併合強硬派によるクーデターをきっかけにトルコ軍が軍事介入して北キプロスを占領。トルコ占領地域にトルコ系住民の大半、非占領地域にギリシャ系住民の大半が流入して民族的にも南北に分断された。現在も北キプロスのトルコ系住民は、1983年以来、トルコのみが承認する「独立国家」北キプロス・トルコ共和国を名乗っている。独立を認めず不法占拠だと主張する、キプロス島南部のギリシャ系キプロス共和国政府とは現在も休戦状態で、南北キプロスを隔てる境界線・グリーンラインには国連キプロス平和維持軍 が駐留して監視している。首都ニコシアは中央をグリーンラインで分断されており、今回は休戦状態のニコシアを見ることが訪問の目的だった。
まず向かったのが旧市街の百貨店の11階にあるシャコラス・タワー(0.5ポンド・150円)。展望窓には双眼鏡も用意されており、トルコ占領地域が良く見える。聖ソフィア大聖堂、聖ニコラス教会など、タワーからたくさんの人達が見ることを意識した上のことだろう、トルコ国旗を誇らしげに旗めかしている。タワーでは、トルコ側の不法占拠をアピールするパネルを展示し、キプロスの歴史をビデオを流している。グリーンラインの展望所まで行って見ると、銃を持った警備兵が国境を守り、写真撮影をさせないように注意していた。展望所のそばには、1974年の内戦で行方不明になった人達の写真を掲げ、トルコ軍の不条理を訴えている。グリーンライン沿いに国連キプロス平和維持軍が駐留する国境事務所に向かうとグリーンライン近くの民家の多くには内戦の銃弾の跡が生々しく残っている。トルコ側の公園がグリーンライン沿いにあり、見ていると、カップルが「こっちはトルコ側だ。どこから来た」と聞いてきた。「日本だ」と答えると、「先にある国境事務所に行けばこっちに入れるよ」と教えてくれた。国境事務所では国連軍がいて、パスポートを見せると通してくれた。トルコ側の国境周辺を見るがやはり物々しさ、緊張感がある。世界中にキリスト教系住民とイスラム教系住民が共存している国は多いが、米英がテロを警戒するように、水面下に問題を抱えた国が多いのだろう。
ニコシアの街を歩き、ニコシアの歴史を紹介しているレベンティス博物館を見学するが、ここでも警備員にしっかり見られていた。キプロスは戦時下の緊張がある国だった。
20:00ラルナカ発のキプロス航空機で21:45アテネに戻った。
(キプロスの費用)
移動費;空港−ニコシア3.5ポンド・1050円、ニコシア−ラルナカ2.5ポンド・750円、ラルナカー空港0.6ポンド・180円、計1980円
食費;780円
観光費;シャコラスタワー0.5ポンド・150円
雑費;600円
合計;3510円
(写真はシャコラス・タワーから見るトルコ国旗を旗めかしているトルコ占領地域)
中東旅行6(キプロス)(by vosbnさん)
訪問地:ニコシア
テルアビブから飛行機でキプロスへ。
空港ではなぜか中国人か何かと疑われ、
三時間近く足止めを食らった。
ニコシアから北キプロスに入り、少しだけ市内観光して
その日のうちにエジプトへ飛んだ。
表紙:ニコシア 北キプロスとの緩衝地帯
【旅行時期】2007/03/19~2007/03/19
【エリア】
ニコシア
【テーマ】
【投稿者】
vosbn