キプロス旅行記
欧州・バックパッカーの旅【11】 イギリス・スコットランドの首都エディンバラ初日(by さすらいおじさんさん)
9月15日、インヴァネス発6:45の列車で10時エディンバラ着。駅のインフォーメーションで列車時刻表をもらい10:30バックパッカーズホステル(13ポンド・3120円/日、朝食無し)にチェックイン。
スコットランドの首都エディンバラは歴史的な建造物が並び、世界遺産に登録された街は「北のアテネ」と称されているそうだ。エディンバラ城、聖ジャイルズ大聖堂、ホリルードハウス宮殿、スコットランド国会、エディンバラ博物館、ピープルズ・ストーリー、スコットランド美術館、などを見学した。スコットランドの博物館はほとんど入場料が無料でしかも展示が充実している。博物館のスタッフの話では、スコットランド人はイングランドからの独立を望んでおり、過去何度も戦争の歴史を持つが、今後もイングランドとの戦争の可能性もあるとのこと。エディンバラの博物館を見学していると、スコットランドが独立国としての歴史と誇りを主張し、見学者にアピールしていることを感じる。スコットランド博物館やロイヤル博物館の展示物の充実ぶりはイングランド・大英博物館への対抗心が感じられるほどだ。
スコットランドはイングランドと比べて物価が安く、スーパーマーケットTESCOでミルク1リットル0.6ポンド・140円、食パン400グラム0.5ポンド・120円だった。ポンドショップもある。毛糸の帽子が2ポンド・480円で品質も良く、今回の旅で随分役に立った。インターネットを紅茶1杯1.5ポンド・360円で無料で使わせてくれるライブ・ハウスがあった。ネット検索して10月25日、ローマからアテネまでフライト16500円、10月29日から11月2日まで、アテネ−キプロス−イスラエル往復62500円、をリザーブできた。
(写真はエディンバラの光景)
欧州・バックパッカーの旅【56】 ギリシャのアテネを歩く(by さすらいおじさんさん)
アテネのホステルに大きな荷物を預けて10月29日から11月2日までキプロスとイスラエルを訪問し、11月2日の23時過ぎにホステルに戻った。
11月3日、アクロポリスの丘から見えるリカヴィトスの丘にケーブルカー(往復5ユーロ・750円)で登った。アテネの街を歩き、ゼウス神殿、国会議事堂、無名戦士の墓、現代のアゴラと呼ばれる市場など回るがアテネは確かに2004年のオリンピックで街が整備されている。
国鉄ラリッサ駅近くのバスターミナルで20時発のバスでアルバニアのチラナに向かった。
(ギリシャの費用)
宿泊費;10ユーロ・1500円x5=7500円
移動費;ローマ−アテネ航空料金16500円、アテネ−カランバカ鉄道往復17.4ユーロ・2610円、メテオラのタクシー4ユーロ・600円、アテネ地下鉄1日券3ユーロ・450円x2=900円、地下鉄1ユーロ・150円x2=300円、空港バス3.2ユーロ・480円、空港行き鉄道6ユーロ・900円、アルバニア行きバス35ユーロ・5250円 計27540円
食費;5180円
観光費;エーゲ海クルーズ83ユーロ・12450円、メテオラの修道院6ユーロ・900円、リカヴィトスの丘ケーブルカー5ユーロ・750円 計14100円
雑費;1710円
合計;56030円
(写真は国立公園の光景)
欧州・バックパッカーの旅【54】 イスラエル・エルサレムの新市街を歩く(by さすらいおじさんさん)
エルサレム新市街の目玉はイスラエル博物館だ。ヤッフォ門からバスで行こうと思っていたのだが、直通バスが無いのでタクシー6米ドル・720円で行った。入場料は42シェケル・1260円。最初に行った死海写本館には1947年に死海西北のクムランで発見された世界最古のヘブライ語で筆写されたユダヤ教聖典写本が所蔵されている。20世紀最大の発見と言われるユダヤ教聖典写本は紀元前2世紀から起源1世紀にかけて筆写されたものだそうだ。写本が入っていた壷のふたの形の建物に厳重に保管されていた。写真撮影も禁止。ヨルダン・アンマンの国立考古学博物館にも死海写本の一部が展示されていたが、こちらは写真も自由だった。イスラエルとヨルダンの間で聖典の所有権をめぐって今も水面下の争いがあるそうだ。
彫刻庭園はイサム・ノグチのデザインでピカソ、ヘンリー・ムーアなどの彫刻もあり良く手入れされている。イスラエル博物館は国の顔と言える博物館で考古学部門や美術部門なども見所は多い。
新市街には国会議事堂やモダンな建物もありイスラエル博物館の高台から良く見える。
11月2日は早朝7:05発の飛行機でキプロス・ラルナカに向かったが、出国審査が厳しく午前4時には審査を受けなければならないと聞いていた。入国審査の厳しさを考えれば、旅行者の都合などお構いなしのイスラエル、出国審査で問題があれば足止めされることも考えられる。已む無く11月1日の夜に審査を受けて、翌朝の飛行機を待つことにした。
19時にバスで空港に着くと入り口手前で、30人ほどのイスラエル人は素通りしているのに、私だけが検査官に呼び止められた。バッグの中、身に付けた持ち物すべてを出されたうえ、入国目的、滞在場所、滞在期間、などの質問を受けた。ホステルの領収書、博物館の入場券、ヴィア・ドロローサの資料、スケジュール表、帰国チケットなどで説明するとようやく入り口を通してくれて荷物審査の場所に連れて行き、今度は3人の係官がかわるがわる同じような質問を繰り返しする。次に荷物をくまなく調べたうえでX線検査装置を通し、また別の係官が同様の質問をする。最後に責任者らしい係官が来てようやく検査完了のラベルをパスポートと荷物に貼ってくれた。5人の係官が2時間がかりでの取り調べだ。これだけ厳しい審査は初めてだった。大きなリュックサックはアテネのホステルに預けて来ているので荷物は少ないのに2時間もかける。大きな荷物を持って来ていたらどれだけ時間がかかったのだろうと思った。あとで解ったのだが、10月31日から3日間のガザ地区での戦闘で20人以上の死者を出していた。戦闘状態の国に入国しているのだから、バックパッカーで一人旅の外国人のチェックが厳しいのも当然かもしれないし、スパイ容疑もかけられずに無事出国できて良かった。入出国は大変だったが長年訪問したかったエルサレムの3日間は充実していた。
11月2日、7:05キプロス航空機で出国し、キプロスのラルナカに8:00に着いた。
(イスラエルの費用)
宿泊費;25シェケル・750円x2=1500円
移動費;アテネ−ラルナカ−テルアビブ往復62500円、テルアビブ空港−バスステーション往復40シェケル・1200円、バスセンター−ヤッフォ11シェケル・330円、ダマスカス門−ベツレヘム往復7シェケル・210円、ベツレヘムのタクシー20シェケル・600円、ヤッフォ−博物館タクシー6米ドル・720円、博物館−バスセンター5.5シェケル・170円 計65730円
食費;3050円
観光費;ホロコースト博物館10シェケル・300円、イスラエル博物館42シェケル・1260円、鶏鳴教会7シェケル・210円、計1770円
雑費;2630円
合計;74650円
(写真は死海写本館)
欧州・バックパッカーの旅【55】 トルコ系、ギリシャ系住民間の緊張が続くキプロスのニコシア(by さすらいおじさんさん)
11月2日、テルアビブ07:05発のキプロス航空機で08:00キプロスのラルナカ空港着。急いで入国手続きをして8:40発のニコシア行きバス(3.5キプロスポンド・1050円)でニコシアに向かい10:30ニコシアのバスセンター着。キプロスは紀元前から軍事、交通の要衝として時代の支配者に翻弄されてきた。ヒッタイト、アッシリア、エジプト、ギリシア、ローマ帝国、東ローマ帝国、イングランド、ヴェネツィア共和国、オスマン帝国、イギリスと、目まぐるしい侵略の歴史を経て1960年にイギリスから独立。だが、キリスト教のギリシャ系住民とイスラム教のトルコ系住民の共存は難しく、1974年にギリシャ併合強硬派によるクーデターをきっかけにトルコ軍が軍事介入して北キプロスを占領。トルコ占領地域にトルコ系住民の大半、非占領地域にギリシャ系住民の大半が流入して民族的にも南北に分断された。現在も北キプロスのトルコ系住民は、1983年以来、トルコのみが承認する「独立国家」北キプロス・トルコ共和国を名乗っている。独立を認めず不法占拠だと主張する、キプロス島南部のギリシャ系キプロス共和国政府とは現在も休戦状態で、南北キプロスを隔てる境界線・グリーンラインには国連キプロス平和維持軍 が駐留して監視している。首都ニコシアは中央をグリーンラインで分断されており、今回は休戦状態のニコシアを見ることが訪問の目的だった。
まず向かったのが旧市街の百貨店の11階にあるシャコラス・タワー(0.5ポンド・150円)。展望窓には双眼鏡も用意されており、トルコ占領地域が良く見える。聖ソフィア大聖堂、聖ニコラス教会など、タワーからたくさんの人達が見ることを意識した上のことだろう、トルコ国旗を誇らしげに旗めかしている。タワーでは、トルコ側の不法占拠をアピールするパネルを展示し、キプロスの歴史をビデオを流している。グリーンラインの展望所まで行って見ると、銃を持った警備兵が国境を守り、写真撮影をさせないように注意していた。展望所のそばには、1974年の内戦で行方不明になった人達の写真を掲げ、トルコ軍の不条理を訴えている。グリーンライン沿いに国連キプロス平和維持軍が駐留する国境事務所に向かうとグリーンライン近くの民家の多くには内戦の銃弾の跡が生々しく残っている。トルコ側の公園がグリーンライン沿いにあり、見ていると、カップルが「こっちはトルコ側だ。どこから来た」と聞いてきた。「日本だ」と答えると、「先にある国境事務所に行けばこっちに入れるよ」と教えてくれた。国境事務所では国連軍がいて、パスポートを見せると通してくれた。トルコ側の国境周辺を見るがやはり物々しさ、緊張感がある。世界中にキリスト教系住民とイスラム教系住民が共存している国は多いが、米英がテロを警戒するように、水面下に問題を抱えた国が多いのだろう。
ニコシアの街を歩き、ニコシアの歴史を紹介しているレベンティス博物館を見学するが、ここでも警備員にしっかり見られていた。キプロスは戦時下の緊張がある国だった。
20:00ラルナカ発のキプロス航空機で21:45アテネに戻った。
(キプロスの費用)
移動費;空港−ニコシア3.5ポンド・1050円、ニコシア−ラルナカ2.5ポンド・750円、ラルナカー空港0.6ポンド・180円、計1980円
食費;780円
観光費;シャコラスタワー0.5ポンド・150円
雑費;600円
合計;3510円
(写真はシャコラス・タワーから見るトルコ国旗を旗めかしているトルコ占領地域)
欧州・バックパッカーの旅【49】 キプロス・ラルナカのフラミンゴ(by さすらいおじさんさん)
10月29日から冬時間でギリシャは1時間遅くなった。おかげで朝もゆっくりして、アテネ12:15発の飛行機で13:15キプロスのラルナカ着。イスラエルのテルアビブへの出発時間22:35までラルナカを観光した。29日は日曜日だったのでローカルバスが運休しており、空港から近いソルト湖に行った。塩水の湖にはフラミンゴがたくさんいて、ピンクの姿を湖面に映し出していた。フラミンゴは動物園で見たことがあるのだが、自然の中の姿を見るのは初めて。もっと近づいて見たくなって塩湖が干上がって白い塩をふいている泥地の中に入った。湖岸の土は固くて普通に歩けるのだが、フラミンゴから50mほどのところまで進むと足元はやわらかい泥で靴が見えなくなるほど沈んでしまった。写真を撮って湖岸に戻ろうとしたが沈んだ足が抜けずあやうく泥沼の中にころびそうになった。なんとか持ちこたえて後ろを振り向くと、湖岸に10人ほどの野次馬が集まってこっちを見ている。私がころぶのを期待しているのか、泥沼から戻れなくなることを心配してくれているのかは解らないが黙って見ている。これはころんだら笑いものになると思って、よろよろしながら必死で靴が見えなくなった左足を抜き出し、新しい足場に左足を置いて、左足が沈みこむ前に右足を慎重に抜き出して少しずつ後ろに進み、なんとかころばずに湖岸にたどり着いた。ほっとして野次馬を見ると、がっかりしたのか、安心したのか、皆黙ってこちらを見ながら去っていった。
ソルト湖は周辺の光景もきれいで1816年に建造されたイスラム教で3番目に重要なモスクと言われるハラ・スルタン寺や夕日も美しかった。
10月29日、22:35発の飛行機でイスラエルのテルアビブに23:30に着いた。
(写真はソルト湖のフラミンゴ)
キプロスの画像