キプロス旅行記

トルコ旅行記(3):3月31日:ドバイ・ドバイ空港でのトランジット、イスタンブールへ(by 旅人のくまさんさん)

キプロス
 昨晩、セントレア空港を飛立ったのは、定刻である23時前でした。予想がつかない飛行経路でしたが、日本列島を南下したあと、中国本土の上空を通過しました。大陸上空に入ったのは、上海より南の香港辺りだったようです。
 その後、中国からインドシナ半島を横切って、インド北部の上空に達しました。インド上空を過ぎてからはアラビア海に入ったようです。その前に、インドシナ半島上空を過ぎた後は、インドの東に位置するベンガル湾上空を飛んだようですが、夢の中でした。セントレアを飛立って、約11時間の夜間飛行でした。
 ところで、最新の航空機の内部照明は、心理・生理面から時差対策がなされているようです。単に明るくしたり暗くしたりで、夜や明け方を演出するのではなく、通路の上部には星空を思わせる照明もありました。

<ドバイ到着、10時間のトランジット>
 出発10日前ほどに旅行計画書を受取って。気掛かりだったのが、ドバイでのトランジットの際の、10時間待ちでした。旅行会社からは「ドバイ空港での出入国は事故防止のために控えてください」とお聞きしていたこともあったからです。
 ドバイ空港は拡張工事の最中でした。エプロン工事がされていましたので、ほとんどの航空機が車載のタラップを横付けにして、バスでの移動のようでした。到着したのは、4時45分くらいの定刻でした。「最初の停留所では入国の皆さんが、二番目の停留所では、トランジットの皆さんが利用してください」との車内アナウンスがありました。
 バスを降りて、出発ロビーに入る手前でセキュリティチェックがありました。歯磨きなどは、予め透明の別の袋に入れておきました。

<オーストラリアのニコラスさんと>
 ドバイ空港での長いトランジットでしたが、レストランでオーストラリア人のニコラスさんと隣席になってからは、あっという間に時間が過ぎました。その話を紹介しておきます。たまたま、ニコラスさんの横の席が空いたのがきっかけでした。
 私が日本人と分かると、すぐに日本語の単語を交えて話しかけてきました。かつて、お母さんの仕事の関係で、東京と札幌などを12日間旅行されたことが、日本人を見て話しかけたくなった理由のようでした。私も、かつてシドニーからメルボルンを旅行した事がありましたから、そのことだけでも話が弾みました。
 水泳のイアンソープ選手が引退した裏話、この後の首相選挙、食べ物や飲み物の話など、色々と話が飛びました。イアンソープ選手のことは、日本のマスコミにも載っていないようでしたが、微妙な話ですから、この小冊子に収録するのは控えておきます。この話になったのは、メルボルンで世界水泳大会が開かれていたことがきっかけでした。
 12年間続いたハワードヒューズ政権には、「国民が飽き飽きして、フレッシュな首相を望んでいる」と、自分の意見を交えて説明してくれました。「オーストラリアにとって一番気掛かりなことが、アメリカのブッシュ大統領の言いなりになって、イラン・イラク問題など、中東問題にのめり込み過ぎ」といった意見も披露してくれました。
 現在、メルボルン近郊の小さな町に住んでいて、今回の旅行は、シンガポール経由でアフリカ旅行と教えてくれました。アフリカはケニアを始めとする4カ国を回りたいとも話されました。シンガポールからドバイまでは7時間かかったそうですが、私が名古屋のセントレア空港から11時間かかったと説明しましたら、何度か聞き直しては、「そんなにかかったのか?」と、同情してもらいました。
 旅行情報の中では、「エアーズロックはアボリジニの聖地ですが、日本からの旅行者には、時間がかかる割には感激が薄く、お勧めできません。それよりは、ケアンズの近くのグレートバリアリーフが一番!」と力を籠めて勧めてくれました。
 「シンガポールは大都会で、私は好きではありません。それよりはマレーシアの方が、自然が残っていて好きです」と、インドシナ半島の国の話もしてくれました。話が弾んで、お互いに3杯目のお代りとなりました。私は生ビール2杯と、後は缶ビールになりました。生ビールが売切れてしまったためです。彼は、2杯目からはオーストラリア産の発泡ワインのような飲み物でした。サイダーに似た泡と色合いでした。
私のフライトは午後でしたが、ニコラスさんは、彼の出発ギリギリの時間まで付き合ってくれました。インターネットを扱っているということで、彼のEメールアドレスをメモして頂き、私のホームページの名刺をお渡しして、お互いの旅の安全とエンジョイを祈って、お別れしました。

<ドバイ出発、イスタンブールへ>
 ドバイ空港での昼食の話です。出発前にインターネットで調べておいたことですが、長時間のトランジットの場合には、エミレーツ航空系列店のラウンジが使用できるという内容でした。その情報を紹介します。
 「マルハバ・ラウンジは伝統的なアラビアン・スタイル。トランジットおよびご出発のお客様のために用意しています。ご出発までのひとときを快適にお過ごしください。マルハバ・ラウンジはターミナルのブルー(東)セクションの突き当たり、25番ゲートの近くにあり、クラスに関係なくすべてのお客様にご利用いただけます」
 朝早い時間にマルハバ・ラウンジに立ち寄りましたが、「ブッキングしていないから、ラウンジの使用は駄目」と言う回答でした。それで、別のレストランに入り、ニコラスさんと盛り上がる結果となりました。
 今度は昼食のレストラン探しの時に、あるお店の前に「エミレーツ航空を利用の方で、4時間以上の滞在をされる方は、無料で食事サービスをします」との英文看板を見つけました。それで、搭乗券を見せましたら、その案内看板の通り、無料でのバイキング方式のランチサービスがありました。ランチの利用時間帯は、12時から15時と記されていました。
 そのお店で昼食を摂った後も、少し時間が余りましたので、免税店で飲み物を探しました。セントレア空港でオールドパーを買い求める時に、ドバイ乗継の状況を店員さんにお聞きしたら、「没収される可能性がありますから、ここで買うより、ドバイ空港の方が確実です」と親切にアドバイスしてくれていました。オールドパーはありませんでしたから、ジョニ黒にしました。随分長く待ちましたが、定刻でのドバイ出発となりました。

<イスタンブールへの航路>
 セントレア空港のエミレーツ航空カウンタでのチェックインの時、ドバイ空港までは通路側の席が注文できました。しかし、ドバイからは窓側の席か取れませんでした。しかし、3席続きの2席も空席でしたから、結果としては、自由に3席を使用することができました。
 明るい時間帯での飛行でしたから、窓際からの景色も楽しむことができました。座席の前のフライトサービスの画面と合わせ、ドバイからイスタンブールまでの航路を確認しながらの搭乗でした。
 その飛行経路を簡単に紹介しておきます。ドバイを飛立った後は、ペルシャ湾を北西に向かって飛び、カタール国とバーレーン国の沖合を過ぎました。陸上に入ったのは、ペルシャ湾が尽きる手前、サウジアラビアです。ここからは暫くイラクとの国境近く、緩衝地帯を飛行しました。サウジアラビアを過ぎると、ヨルダンからシリアの上空を経て地中海上空に達しました。細かく進路を変えて、イラクと、レバノン上空は通過しなかったようです。
 地中海に入った後は、キプロスの東の端を掠めてからトルコの上空に入りました。そのトルコを西方面へ斜めに飛んで、イスタンブールのアタチュルク国際空港へ降り立ちました。
 写真編には、上空から見たその一部を収録しておきましたが、面白い光景にも出会いました。その一つが、ドバイ沖です。大掛かりな人口の島でも作っているような不思議な幾何学模様でした。また、サウジアラビアの内陸部では円形の貯水池のような施設が無数に見えました。淡水化事業関連施設なのかどうか、詳しくは分かりませんでした。

<イスタンブールへ到着、全員集合>
 旅行計画書に記載された時刻から逆算したフライト時間です。ドバイからイスタンブールまでが3時間15分、その戻りが5時間15分でした。いずれも現地時間で記載してあるはずですから、時差が1時間と仮定しますと、往復とも4時間15分のフライトとなります。
 ほぼ定刻に出発し、イスタンブールに到着しました。空港で出迎えてくれたのは、トルコ人の現地ガイド兼添乗員のスワウィさんでした。ここで、はじめて16名全員が勢揃いしました。

<ホテルへ、早速外出>
 旅行計画書には、この日の夕食は記載されていませんでしたから、予めその準備をしていました。ドバイ空港のエミレーツのレストランで昼食を済ませていましたから、機内食が余分だったためです。機内では飲み物だけにして、持ち帰りが出来るものをリュックに入れて置きました。パンとバター、それにクッキーです。
 後でお聞きしたお話では、食事をせずにそのまま就寝された方がほとんどだったようです。私は機内から持ち帰った食べ物と、ドバイ空港で買ってきたジョニ黒で、無事の到着を祝って一人で乾杯をした後、外出することにしました。
 外出と言っても、ホテルの近くだけの散策です。人通りはほとんどありませんでしたが、治安が悪そうな雰囲気ではありませんでした。開いているお店は、小さなコンビに等でした。路面電車が走っている表通りと、坂を下ってロータリーがある広い交差点付近までを散策しました。


  ドバイ空港で
 旅人に国境は無したまさかに出逢いし人と語らう酒場

  機内で
 戦乱の未だ収まらぬ中東に砂漠見下ろす空の碧濃し

  イスタンブールに着いて
 欧州は東に果てて小アジア海峡抱く街に今立つ

【旅行時期】2007/03/30~2007/04/05
【エリア】イスタンブール
【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
【投稿者】旅人のくまさん

妊婦・アテネ〜ドバイをハシゴする アテネ編(by ansmdollさん)

キプロス
2003年、妊婦時代にアテネとドバイ(リベンジ)に行って参りました。
新婚旅行はギリシャ!エーゲ海の青と白の世界に行くのだ!と自分の中で決めていた14歳の春・・・あれから20年の時を経ての敢行です。
ドバイは2度目で、前回ドバイはエミレーツ未就航のためMHを利用したので、今回は初エミレーツ。どんなもんでしょか。
関空を23時45分に出発、ドバイにて乗り換え、途中キプロス経由でアテネに到着します。
機内では楽しみにしていたゲームが私の席のは壊れており、しゃーなしひたすら寝ておりました。
ドバイでのトランジットが数時間ありましたが、現地調達予定のスニーカー等を購入し、あとはまた仮眠用ベンチで昼寝。

あと写真は撮影できませんでしたが、キプロスの空港にはびっくり!!!海水浴場の隣が滑走路で、ビーチで戯れる人々のまんま頭上を飛行機が離発着するのですから。
ビーチは飛行機が来るたび砂嵐でしょうなぁ。

妊娠中期、体調はすこぶる安定しておりましたが、やはり腹が重い。
気圧の低い上空では何だか腹が膨張してるような、妙な感じでした。下界に戻れば収まるんですけどね。
(その後、子供は無事生まれております)

坂の多いアテネでは、ひたすらヒーヒー言って歩いておりました。
大食らいの自分なのですが、通常時のように食べ物に反応することも少なく、味覚の変化もあってか食事に関しては良い思いではありません。
ぶどうの葉で巻いたナントカがまずかったなぁ。ホテルの朝ごはんのパンが美味しかったなぁ。

あとデジカメを家に忘れるという失態を犯し、ケチくさい撮影ばかりです。
綺麗な景色をもっともっと撮っておけばよかったなぁ。

1年後にアテネオリンピックを控え、街中の至るところでオリンピックムードがうかがえたものの、肝心のスタジアムの工事は一向に捗っていない。
おいおい、本当にオリンピックできるんか!?と他人事ながら心配にはなりましたが、翌2004年、無事オリンピックは開催されました。(それにしてもギリギリまで間に合わない〜!と騒いでいたっけ)

【旅行時期】2003/07/~2003/07/
【エリア】アテネ
【テーマ】ハネムーン
【投稿者】ansmdoll

キプロスのグルメ日記(by ゆきんこさん)

キプロス
今回のキプロス旅行中に食べたお食事のご紹介です♪

お食事以外のキプロス写真はコチラ↓
  • http://yukitabi.web.fc2.com/cyprus/cyprus.html


  • 【旅行時期】2008/05/04~2008/05/11
    【エリア】キプロス
    【テーマ】
    【投稿者】ゆきんこ

    2002年夏キプロスの旅(by ROSARYさん)

    キプロス
    パフォスに滞在しながら、キッコー修道院も訪問しました。

    【旅行時期】2002/07/13~2002/07/21
    【エリア】キプロス
    【テーマ】ビーチ・島・リゾート
    【投稿者】ROSARY

    欧州・バックパッカーの旅【78】 心に残る光景と費用のまとめ(by さすらいおじさんさん)

    キプロス
    今回の旅は2006年8月29日から11月25日まで、ヨーロッパ中心にバックパッカーでの一人旅。1971年のバックパッカー旅行で訪問できなかった国や街を中心に歩いた。訪問国はイギリス、アイスランド、アイルランド、フランス、アンドラ公国、モナコ公国、スイス、イタリア、ヴァチカン市国、サンマリノ、ギリシャ、キプロス、イスラエル、マケドニア、アルバニア、セルビアモンテネグロ、ボスニアヘルツエゴビナ、オーストリア、ドイツ、ベネルックス3国、台湾で23国。
    今回チャレンジしたかったことは、収入が少ない高齢者でも大好きな旅を続けられるように安く、しかも見たい観光地をたくさん、楽しみながら回ることで、ずいぶん欲張った貧乏旅行だ。1971年と同じように、リュックを担いで、ユースホステルに泊まり、移動は電車、バス、徒歩中心でタクシーはほとんど使わなかった。寝袋も夜行バス、電車、スリーピング・アコモデーション、時間待ちの空港、鉄道駅など30回以上使った。食事も1971年と同じようにスーパーマーケットでパン、ハム、ミルク、ジュース、ソーセージやツナ、グリンピースなどの缶詰、スパゲッティ、グラタン、ピザなどの冷凍食品、サラダなどの惣菜、果物、缶ビールなどを毎日のように買い物し、レストランに入ることは殆んど無かった。宿泊したユースホステルにはキッチンや電子レンジを備えているところが多く、不便はほとんど無かったし、栄養の偏りで健康を害することは無かった。
    反省点はバックパックの重量が20キロ近くになって、予想以上に腰の負担になったことだ。観光案内所でもらったパンフレット類は、使用後は捨てることにして極力軽くする努力をしたが、気持ちは1971年と変わらず若くても体力の衰えには勝てなかった。イギリスではテロ対策で鉄道駅のコインロッカーが使えなかったことも想定外だった。当初は大きなバックパックを担いでコインロッカーを使いながら街から街に移動する予定だったが、腰が立たなくなったら旅を中断しなければならない。そこで大きな荷物はロンドン、エディンバラ、パリなど拠点とするユースホステルに預けて小さな荷物だけ持って遠距離移動するように計画変更した。
    中南米の旅ではリュックは10キロ弱の中型にして、重い荷物はキャリーバッグに入れていたので腰への負担はほとんど無かったが、私の老体にはこちらの方が向いているようだ。
    もうひとつの反省点は、ローマの地下鉄で財布をすられたこと。南米でもスリ、置き引き詐欺に遭っているのに進歩していない。ローマのスリは手際が良くて、スリのほうが一枚上手だったが、また課題を残してしまった。
    旅の費用は1日平均1万円、89日間で89万以下を目標にしていたのだが、結果は費用総額1,049,970円だった。内訳は移動交通費550,790円,6190円/日(52.5%)宿泊費194,040円,2180円/日(18.5%)観光費102,380円、1150円/日(9.7%)食費74,640円、840円/日(7.1%)雑費128,120円、1420円/日(12.2%)で1日平均11,780円だった。
    2006年2月から6月、110日間の中南米旅行の費用総額は175万円で1日平均15,900円。内訳は移動交通費8080円/日(50.7%)宿泊費1680円/日(10.6%)観光費4070円/日(25.5%)食費850円/日(5.3%)雑費1260円/日(7.9%)。中南米で移動交通費が高いのは飛行機を主な移動手段としたためで、ヨーロッパでは鉄道、バス中心だったことと移動距離が短かったので安価で済んだ。また、物価高のヨーロッパでもスーパーマーケットやユースホステルを利用することで食費、宿泊費を中南米とほぼ同じ金額に抑えることができた。
    1971年7月から9月、67日間のヨーロッパ旅行の費用総額は56万円だったが1ドル360円の時代だったので現在の費用に換算すると3倍、168万円、1日平均24,700円となる。
    今回1日平均1万円は達成できなかったが、1971年のヨーロッパ旅行、2006年の中南米旅行と比較すると安価な旅ができたと思う。物価高、ポンド、ユーロ高のヨーロッパでも贅沢をしなければたくさんの観光地を安く、楽しく旅できることがわかった。収入が少ない高齢者が大好きな旅を長年続ける方法のひとつと言えるだろう。
    訪問を計画したところへはほとんど行くことができたが、記憶に刻み込まれたところは次の通り。
    1.世界遺産; イギリス・バース、ストーンヘンジ、エディンバラ、ジャイアンツ・コーズウエイ、フランス・ヴェルサイユ宮殿、フォンテンヌブロー宮殿、パリ、モン・サン・ミッシェル、アヴィニヨン、ミディ運河、カルカッソンヌ、ストラスブール、イタリア・ヴェネチア、ローマ、ポンペイの遺跡、ナポリ、ギリシャ・メテオラ、アテネ、マケドニア・オフリド、ベルギー・ブリュッセルのグラン・プラス、ブリュージュ、ルクセンブルク
    2.大自然; アイスランドの火山地域、イギリス・ネス湖、セブンシスターズ、アイルランド・アラン諸島、イタリア・カプリ島の青の洞窟、ギリシャ・エーゲ海の島、台湾・太魯閣峡谷
    3.宗教の聖地; イスラエル・エルサレム、フランス・ルールド
    4.ヨーロッパの小国; アンドラ公国、モナコ公国、サン・マリノ、ヴァチカン市国
    5.戦争の爪あと; キプロス・ニコシア、セルビア・ベオグラード、ボスニアヘルツェゴビナ・サラエボ
    6.映画、文学ゆかりの地; イタリア・ローマ「ローマの休日」、「自転車泥棒」、シチリア「ニューシネマパラダイス」、オーストリア・ザルツブルクの「サウンド・オブ・ミュージック」ベルギー・アントワープ「フランダースの犬」、フランス・イフ島「巌窟王」
    7.トピックス; フランス・パリのダイアナ妃の事故現場、凱旋門賞のディープ・インパクト、リヨンのサッカーファンと機動隊

    詳細は訪問先毎の旅行記に記載しているが、充分満足できる89日間の旅だった。
    (写真はアイルランド・アラン諸島イニシュモア島のドン・エンガスの断崖 アイルランド・アラン諸島の旅行記は−
  • http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10111223/


  • =ヨーロッパさすらいの旅 完=


    【旅行時期】2006/11/25~2006/11/25
    【エリア】アイルランド
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】さすらいおじさん

    キプロスの画像